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Superman: The High-Flying History of American Most Enduring Hero
スーパーマン:アメリカで最も息の長いヒーローに関する自由奔放な裏面史
By Larry Tye
Random House
■日本でも最高視聴率74.8%の驚異的人気だったTVシリーズ
「空を見よ!」「鳥だ!」「飛行機!」「いや、スーパーマンだ」
お馴染みのTVシリーズ、「スーパーマン」の冒頭シーン。と言っても、団塊の世代以降の諸兄姉にはお分かりいただけないだろう。日本では1956年から58年までTBSで放映され、最高視聴率74.8%(1958年、電通調べ、『放送五十年史 資料編』)を記録した大人気TVアクション・ドラマだ。
テレビのスーパーマン役はジョージ・リーブス(George Reeves)。吹き替えは大平透。78年に映画された時のスーパーマン役は、クリストファー・リーブ(Christopher Reeve)。こちらの吹き替えは「ささき・いさお」。リーブス、リーブと名前が紛らわしいが、むろん縁戚関係はない。映画は、87年まで4本制作され、記録的な配給収入を得た。
柳の下のドジョウを狙って、19年後の06年にはブランドン・ラウス主演でリメークされた。長足の進歩を遂げたコンピューター技術を酷使した作品は、子供だましのアクション・シーンだけでなく、登場人物が繰りひろげる人間愛やロマンスもふんだんに盛り込んだ見ごたえのある作品だった。目下、その続編「Superman: Man of Steel」(マン・オブ・スティール)が来年6月14日公開目指して制作中だ。
ストーリーは単純明快。崩壊寸前の惑星クランプトンから、難を逃れて地球に放出された赤ん坊「カル・エル」がアメリカの田舎町に住む夫婦に育てられる。この男の子、気は優しくて力持ち。弱気を助け、強きをくじく「正義の味方」へと成長していく。その名はクラーク・ケント。正体はスーパーマン。
大学を出て大都会の新聞社に入社するが、日ごろは冴えない、もさっとした、特ダネとは縁のない社会部記者。ところが一度、異変が起こるや、サッと姿を消し、数分後には、まるで歌舞伎の早や変わりのごとく、ブルーのシャツ、タイツ姿に大変身。赤いマントを翻して空を飛び、現場に急行、悪を退治する。ひと仕事終えると、なにもなかったかのようにニッコリ笑って天空に消えていく。カッコイイことこの上ない。
「スーパーヒーロー」といえば、バットマンやスパイダーマン、ワンダーウーマンなど数ある中で、弱きを助け、悪を滅ぼす「スーパーヒーロー」の元祖は、このスーパーマンだ。
■バッドマンもワンダーウーマンも所詮、元祖・スーパーマンにはかなわない
目下、アメリカで上映中の問題作、「The Dark Knight Rises」(ダークナイト・ライジング)のバットマンは、7月23日、コロラド州オーロラ市の映画館で起きた乱射事件(米メディアはMassacre<虐殺>という表現を使っている)という悲劇のおかげで、いやが上にも興行成績を上げている。
観客はアクション・シーンもさることながら、絶体絶命の危機に現れては「問題」を解決するバットマンの行動力に留飲を下げるのだ。
ところで、バットマンといい、スーパーマンといい、今なぜ「スーパーヒーロー願望」なのだろうか。それに2人とも普通の人間ではない。スーパーマンは宇宙人だし、バットマンも飛ぶ時はコウモリに変身する。別に同性愛がどうのこうのというわけではないが、バットマンは相棒のロビンと同性愛関係にあるらしい。
本書の著者、ベテラン・ジャーナリスト、ラリー・タイが数年にわたり、スーパーマンを追いかけ続けてきたのは、「スーパーマンはなぜいつの時代も受けるのか」という命題の究明にあった。
スーパーマンを創ったものの、改良・進化させたもの、そしてなによりも時代的背景。これらがナゾ解きのカギとなる。いわばスーパーマンの軌跡を追うことで、過去70数年のアメリカ社会を浮き彫りにしようという仕掛けである。
「英雄願望」は古今東西、どこにでもある。日本にも、武芸に秀で、知名度が高く、人々に愛されている英雄なら、源義経、宮本武蔵、日本武尊などなど沢山いる。
だがその人物が光よりも速く空を飛び、自動車だろうと、機関車だろうと何でも持ち上げる「全能パワー」を持っているとなると、もはや単なる英雄ではすまされなくなってくる。それがまさに「スーパーマン」の「スーパーマン」たるゆえんだ。
著者は、スーパーマンの誕生から現在に至るまでの軌跡を検証する中で1つの結論に得る。
それは、スーパーマンがこの70余年の間に何度も何度も生まれ変わり、成長・進歩し続けているという事実だ。1938年のスーパーマンは2012年のスーパーマンではないのだ。
スーパーマンが誕生した1938年。9年前の大恐慌の後遺症がアメリカ全土に蔓延しており、不況は深刻の度合いを深めていた。翌39年には第2次大戦が勃発、41年には日本軍による真珠湾攻撃で太平洋戦争の幕が切って落とされた。
スーパーマンを考案したのは、当時19歳だったジェリー・シーグル、ジョー・シュースターという2人の高校生だった。リトアニアからのユダヤ人移民の息子たち。ストーリーの骨格はジェリー、それをジョーが絵に描いた。
1932年の夏、オハイオ州クリーブランドに住んでいたジェリーは夜、入浴中にスーパーマンを思いついたという。著者は、その瞬間を「A hot summer night of divine-like inspiration」(暑い夏の夜、神懸かったように沸いてきたインスピレーション」とポエティックに描写している。
翌日、ジェリーはそのことを絵の名人、ジョーに話す。かって手塚治虫が「明るすぎる筋肉美のスーパーマン」と表現したヒーローは、その場でこの世に生を受けることになる。因みに手塚はバットマンについては「陰性な夜の帝王的な筋肉美」と述べている。(http://b.hatena.ne.jp/entry/aya18.tumblr.com/post/62393167/13)
ジェリーが考え出し、ジョーが劇画化した「スーパーヒーロー」が登場した時代。大恐慌の後遺症と忍び寄る軍靴の音。それは大人たちにとっては、先の見えない不安定な社会だった。
子供たちだけでなく、大人たちの間にもスーパーマンが浸透していったのには、こうした時代背景があった。
そしてほどなく戦争は現実のものとなる。不確実な日々の中で、アメリカ国民にとって、スーパーマンは愛国心を高める格好の励まし、一服の清涼剤的存在になっていく。
当時のスーパーマンの敵はヒトラーであり、ヒロヒト(昭和天皇)だった。Japanazis(JapaneseとNaziの合成語)やMr.Schckelgruber(ヒトラーの父方の苗字)を粉砕するスーパーマンの勇姿が表紙を飾った。
そして第2次大戦が終わり、日独に勝ったアメリカは、次なる敵・ソ連との対決の時代を迎える。敵の首謀はいうまでもなく、スターリンだった。
スーパーマンの倫理観、世界観は、アメリカ国内で起こるもろもろの社会現象に影響される。時には時代の先駆けにすらなった。
スーパーマンは、マフィアや白人至上主義秘密結社「クー・クラックス・クラン」(KKK)をイメージした「Clan of the Fiery Cross」(燃える十字架の一派)に真っ向から立ち向かった。黒人を見ては捕まえてリンチにかけ、縛り首にするという残虐な白人ども。スーパーマンは黙っていなかった。
まだ主流メディアがKKK批判には及び腰だった時代に、スーパーマンはKKKを力でねじ伏せた。「子供たちに対する影響は大きかった」と、当時スーパーマンの愛読者だったコーネル大学のG・ C・アルタシューラー教授は回顧している。(http://www.tulsaworld.com/scene/article.aspx?subjectid=67&articleid=20120708_67_G4_CUTLIN744239)
当初はジェリーたちの「スーパーマン像」が時代とともに変化していく背景には、ドル箱になったスーパーマンに群がるゴーストライターや編集者たちの力があった。スーパーマンは彼らによって思想的にも政治的にも理論武装される。
とくに現在に至るスーパーマン像確立に貢献したのは、編集者のモート・ワインシンガーだ。この人物も東欧からのユダヤ人移民の子だ。
原案者たちも編集者もユダヤ人。スーパーマンがやってきた惑星の名前にしろ、生まれた時の名前にしろ、ユダヤ的、つまりへブライ語から由来しているところから、著者は「文化思想的にはスーパーマンはユダヤ人」とまで言い切っている。
はじめは、シンプルで漫画チックなスーパーマンの正義感は、ワインシンガーによって、ユダヤ的な倫理観を注入されながら確固たる信念に裏打ちされたヒーローに成長していくのだ。コミック雑誌のヒーローが、テレビや銀幕に颯爽と登場できるようになったのもひとえにワインシンガーのおかげだと、著者は指摘する。
それがあったからこそ、スーパーマンは60年代のベトナム戦争やウーマンズ・リブ、男女雇用均等化、ブラックパンサーに代表される黒人の台頭といった時代を「英雄」として潜り抜けてきたのだ。
■75年前と現在との類似性は、米社会をすっぽりと包む「Ennui」
そのスーパーマンがバットマンとともに21世紀に入っても、今なお新しがり屋のハリウッドのプロデューサーたちのハートをとらえてやまないのはなぜか。
長引く経済不況、高止まりのままの失業率。医療保険改革(オバマケア)、同性婚、不法移民とどれ一つとっても国論は二分され、アメリカの両極化が進んでいる。9・11以降、アメリカをすっぽり包んでいるのは「Ennui」(倦怠感、閉塞感)とでも表現したらいいのかもしれない。
今の生活環境を一瞬でも忘れて、スカッとしたいアメリカ人の願望は今も昔も変わらない。
しかもその英雄は、単に「飛行願望」「変身願望」を満たしてくれるだけではなく、社会正義のために戦う健全な精神と判断力を持ち、謙虚で実直で、優しい好青年でなければならないのだ。まさに「Man of Action」(無限実行の人)である。
本書の著者、タイは、米紙ボストン・グローブのベテラン記者。それ以前には、アラバマやケンタッキーの地方紙で地方政治や環境問題を担当し、下積み生活の中で「アメリカの風景」を見つめてきた。
ボストン・グローブ」では環境、医療、スポーツなど幅広い分野で取材活動を続け、腕を磨いてきた。
本書で、「スーパースターのスーパーマン」を描きながら、スーパーマンを創造し、育て上げてきた数多くの人たちの息遣いをとらえているのも、これまで地道なジャーナリスト活動を通じて著者が体得してきた草の根市民感覚のなせる業のように思う。
タイは、09年には、黒人野球選手、サッチェル・ペイジの人生を描いた「Satchel: The Life and Times of American Legend」を著している。大リーグで「伝説の選手」にまで上り詰めた黒人選手の苦難の人生を描いたこの本は長期間、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー・リストに名を連ねていた。
現在、故ロバート・ケネディ上院議員の伝記に取り組んでいる。著者がどんなロバート・ケネディ像を描くのか今から楽しみだ。(高濱 賛)