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 ニュージャージー州プリンストン市は今年、市内に生息する550頭のシカのうち250頭を冬の間に殺処分するために射撃手を雇った。かかった費用は5万8700ドル(約470万円)だった。サウスカロライナ州コロンビア市は100万ドルをかけて、市内の下水道からビーバーやビーバーが作ったダムを除去する作業を行っている。

 2009年に起きた「ハドソン川の奇跡」。USエアウェイズ1549便のエンジンにカナダガンの群れが吸い込まれ、同機はハドソン川に不時着した。155人の乗客乗員は全員救助されたが、6000万ドルしたエアバスA320の機体は使い物にならなくなった。

 ユタ州立大学のマイケル・コノバー氏によると、米国では、野生生物が作物や緑地、インフラに与えた被害の総額は年間280億ドルを超えている(シカと自動車の衝突だけで被害額は15億ドルに上る)。コノバー氏は人間と野生生物の間に起きる対立を研究している。

 こうした衝突はときに、隣人同士の対立を引き起こす。イリノイ州ウィートンで小型犬が1頭のコヨーテに襲われ、安楽死を余儀なくされた。市の職員が業者を依頼し、この業者が4匹のコヨーテを殺処分した。すると、この業者の元に、殺人予告のボイスメールが複数送られてきた。ある市役所職員の家にレンガが投げつけられ、窓が割れた。市議会議員に電子メールや郵便で脅迫状が送りつけられ、米連邦捜査局(FBI)に通報する騒ぎとなった。プリンストン市では12年前にシカの殺処分を始めたとき、何者かが市長の車にシカの内臓をまき散らす事件が起きた。

 自然との戦いへようこそ。米国では自然保護活動や環境保護活動が成功を収め、野生生物の生息数は増加したが、増えすぎた野生生物をめぐって人間同士が争う事態が起きている。私たちは今、野鳥や野生の動物をごく普通に見かけるが、私たちの両親や祖父母はそうした生物に出会うことはほとんどなかった。野生生物は生息数が増加すると、これまでの生息域を超えて新たなすみかを求める。そこには私たち人間が住む地域も含まれている。米国東部地域では現在、これまで地球上のどの地域も経験したことがないほど、多くの人が多くの野生生物の近くで暮らしている。

 種の絶滅など生態系が苦しめられてきたことを思えば、素晴らしいニュースのはずだ。もしあなたが今日、車でシカをはねる4000人以上の1人でなければ。あるいは、子どもが使うサッカーグランドがガンのふんだらけになったり、あなたの置いた鳥の餌箱の餌を野良猫が勝手に食べたり、野生の七面鳥に植えたばかりの種トウモロコシが食い散らかされたり、ビーバーが私道を水浸しにしたり、クマがごみ箱を荒らしたりするようなことがなければ。こうしたことはまだ序の口だ。

 私たちは奇跡的に野生生物を取り戻したが、たった数十年の間に、その奇跡に振り回されるようになった。今は混乱にますます拍車がかかり、金もかかるようになった。どうしてこんなことになってしまったのか。答えは簡単。過去2世紀の間に森が再び育ち、過去1世紀の間に野生生物が戻り、過去半世紀の間に人間が郊外に住むようになったからだ。

 森林の再生は19世紀のニューイングランドで始まった。当時は、農業従事者は狭い放牧地を放棄して、開通したばかりのエリー運河の先にある肥沃で比較的平らな土地でできた安価な飼料用穀物を買い始めたところだった。その後、石油由来の肥料やガソリンで動く機械が導入され、米国中西部の農業の生産性が高まった。農耕や運搬に家畜を使うことは時代遅れとなった。その結果、家畜を養うために使われていた7000万エーカー(約28万平方キロメートル)もの土地が自由になった。一方で、多くの農業従事者が都会で働くことを選んだ。そうした土地の多くに再び木が育ち、第2次世界大戦後に、今度は非農業従事者がその土地に移り住み始めた。

 現在、米国の東側3分の1に米国最大の森があり、人口の3分の2が住んでいる。19世紀以降、森が再生し、この地域の土地の60%を覆うまでになった。米国森林局によると、ニューイングランドでは、1630年の時点で木が生えていた土地の86.7%で森林が再生した。ハーバード・フォレストのディレクター、デービッド・フォスター氏によると、1200年前にマヤ文明が衰退して以降、南北アメリカを通じてこれほどの規模で森林が再生したことはないという。ハーバード・フォレストはハーバード大学の生態系研究ユニットだ。マサチューセッツ州とコネティカット州は米国で3番目と4番目に人口密度の高い州だが、2007年には、マサチューセッツ州の63.2%が、コネチティット州は58%が森林で覆われるようになった。これには木が植えられた郊外や準郊外と呼ばれる居住地は含まれていない(しかし、こうした地域の多くに、人間やインフラがなければ本物の森林と呼んでいいほど多くの木がある)。

 営利目的のハンターや開拓者が羽や毛皮、皮革や肉を狙って野鳥や野生動物を制限なく捕まえる時代がおよそ350年続いた。それがエスカレートして、19世紀後半には乱獲が行われ、野生生物の生息数は激減した。全ての始まりは重さ50ポンド(約22.6キログラム)の野ネズミだった。

 「毛皮交易」とは、米国で初めて商取引の対象となった動物、ビーバーの大量殺りくを遠回しに指しているにすぎない。かつては4億匹といたされるビーバーだが、その生息数は19世紀後半までに約10万匹に落ち込んだ。生き残ったビーバーのほとんどがカナダの奥地にいた。1894年までには、米国東部に残された最大の森アディロンダック山地にいたビーバーは1家族5匹だけとなった。

 ビーバー以外にも、オジロジカの生息数はコロンブスのアメリカ大陸到達以前には3000万匹いたと推定されるが、1890年までに約35万匹に減ったとみられている。七面鳥の生息数は1000万匹から1920年までにたったの3万匹にまで激減した。渡り鳥のガンやカモも減った。熊やオオカミなどの「害獣」と呼ばれる動物はほぼ絶滅した。リョコウバトは絶滅間近だった。ハチドリの羽がついた皮は女性の帽子の飾り用に1つ2セントで売られていた。

 取り締まる法律はあったが実効性に欠け、厳しい取り締まりも行われなかったため、大殺りくはなかなか止まらなかった。しかし、自然保護活動家が徐々に力を付けた。1898年にニューヨーク州知事に選出されたセオドア・ルーズベルトは羽を狙うハンターが女性の帽子の飾りとしてシラサギやアメリカシロヅルなどの珍しい浜鳥を殺していることに激怒して、ニューヨーク州でのこうした羽の販売を非合法化した。大統領になると、ルーズベルトは米国初の野生生物の保護区と国有林を定めた。

 野生生物の生息数は増えたが、いいことばかりではなかった。1907年には、ミシガン州のオジロジカ50匹がペンシルベニア州に送られた。11年後には、ペンシルベニア州の森林監督官や野菜栽培業者が「シカが多すぎる」と苦情を言っていた。今でもそう言われている。しかし、多くの土地では1950年代や1960年代にはシカ(またはガン)を見かけることは非常に珍しく、見かけたことが地元紙で報じられるほどだった。

 1901年から1907年までの間に、カナダから持ち込まれた34匹のビーバーがアディロンダック山地に放たれた。天敵もなく、わなも仕掛けられなかったため、ビーバーの生息数は1915年までに1万5000匹に増えた。現在、ビーバーは水流と木があるところならほぼ、どこにでもいる。ビーバーは環境に優しい素晴らしい技術者だ。ビーバーはいわゆるキーストーン種で、ビーバーが作るダムによって湿地が形成され、数えきれないほどの他の種がその恩恵を受けている。ダムは汚染物質も濾過するし、浸食を低減したり季節ごとに起きる洪水を抑制したりする効果もある。問題は、ビーバーが私たち人間と同じように水辺に住むのを好むが、人間とは違って景観に関心がないことだ。人間が私道を設置すると、ビーバーはそれを水浸しにする。人間が高価な木を植えると、ビーバーはそれをかんで倒してしまう。米農務省の推計では、ビーバーによる被害の総額は他の野生種による被害の総額を超える可能性があるという。

 カモやガンの復活はなかなか進まなかった。長い間、営利目的やスポーツを目的としたハンターが鳥を生かしておいて、渡り鳥の水鳥を引き付けるためのおとりに使っていた(おとりには木でできた複製も使われた)。生きた鳥の使用は1935年まで法律で禁じられていなかった。カモやガンは何世代にも飛来してこなかった。法律で捕獲が禁じられた鳥は新しく設置された保護区に放たれた。そうした鳥が渡り鳥の群れに加われば、生息数が増えると期待されていた。しかし、放鳥された鳥はその場にとどまった。ゴルフコースや公園、運動場、会社の敷地内にある芝生、航空機の航路を占拠している、400万羽ともいわれる定住性のカナダガンはその子孫だ。

 2000年の国勢調査によると、米国人の過半数が都市部や農場に住んでおらず、その間にある広大な土地で暮らしていると知ったら、環境保護運動を始めた人たちは驚いただろう。初期の環境保護活動家は人間の住まいが郊外に広がることも、人間と野生生物の間で衝突が起きることも想像していなかった。野生生物の保護活動家は、衝突が起きているのは人間のせいだ、人間が野生生物の生息地に侵入したからだと言うが、それだけではない。人の数が増えて、住む場所が広がる一方で、多くの野生生物も人間が住む地域に侵入している。人間を怖がると考えられていた七面鳥やコヨーテさえも、だ(シカゴだけでも、推定2000匹のコヨーテがいる)。

 なぜかといえば、人間の住んでいるところは野生生物の生息地よりもいいからだ。人間が住んでいる場所には食料や水、すみかや身を守る場所が豊富にある。人間は草木や低木を植え、庭を作る。鳥の餌を置いたり、植物の根に覆いをかぶせたり、ゴミを出したりする。

 郊外の住宅地は人のいない森よりはるかに多くの生物を養っている。多くの種にとって、郊外の住宅地の生物学的収容能力(食料や住まいの点で支えられる人口の上限)は森林の収容能力よりもはるかに大きい。生態学上の収容能力(ある種が生息地やそこに住む他の動植物に悪影響を与える限界)の点では、郊外の住宅地は必ずしも森林よりも大きいとは言えない。多くの種にとって難しいのは社会的な収容能力で、これは主観的なものだ。社会的な収容能力とは、ある生物が引き起こす被害と恩恵を比べ、世間的に見て、被害のほうが大きくなる限界点を指す。現在の野生生物との戦いの多くはここから始まっている。

 どうしたらいいのか?野生生物と共に生きる方法を学ぶべきか。野生生物を移動させたほうがいいのか。人に近づかないような手立てを打つのか。不妊化か。それとも殺処分か。どの手段、どの生物にも支持者がいる。鳥好きもいれば、猫愛好家もいる。残酷なわなからビーバーを助ける人もいれば、ビーバーの氾濫から庭や道路を救おうとする人もいる。子鹿を助ける人は森や庭を守る人と対立する。

 野生生物学者によると、私たち人間は人間を含めた全ての住民の利益のために生態系を管理すべきだという。そうしたくない人や方法がわからないという人が大勢いる。私たちは祖先が行った破壊的な自然へのアプローチだけでなく、自然と付き合うための実践的なノウハウの多くと縁を切ってしまった。自然についての知識は今ではテレビの画面が教えてくれる。テレビが野生生物を抱きしめたくなるような小さな人間のように映し出すことは珍しいことではない。そして、地球環境を守らなければならないという本能が私たちにそうした野生生物を保護するよう命じるのだ。動物愛護運動家は、殺処分、間引き、致死処分、婉曲表現を使って言うなら「人間の指示による死」は残酷で、空白が生まれてもさらに多くの動物がやってきて埋めることになるだけだ、と指摘している。同じ理屈で言えば、なぜ私たちは庭の雑草を抜いたり、地下室にいるネズミを捕まえたりするのだろうか。

 殺処分に反対する人は大抵、野生生物に避妊を行うべきだと主張する。シカ向けの実用的かつ手頃な価格の避妊薬が間もなく開発されると言われたのが30年前だ。今でも状況は変わっていない。閉鎖された場所(フェンスで囲われた場所や島など)に住むメスのシカにはPZP(ブタ透明帯)の注射をすることができるが、注射1回につき25ドルかかり、その上、シカに注射をするためのプログラムを立ち上げて運営するには1匹につき1年で数百ドルの費用が必要になる。放し飼いのシカについては、考えるのはやめておこう。カナダガンに避妊薬「オボコントロール」を与えて、卵が孵化しないようにすることはできるが、1シーズンごとに1羽につき12ドルかかる。あとの計算は皆さんにお任せする。

 野良猫については、TNRが有効だと言われている。野良猫を捕獲して(容易ではない)、不妊手術を行い、捕獲した場所に返すのがTNRだ。ほら、もう野良の子猫は生まれてこない!米獣医学協会はこの手法を幻想だと言う。野良猫は常に6000万匹から9000万匹いて、野良猫の総数を減らすには不妊手術を受ける猫の割合が少なすぎるからだという。こうした猫を元の場所に戻せば、鳥の保護団体を激怒させることになる。

 住宅地をオオカミやクーガーがうろついても構わないかのように、天敵を連れてくる方法を提案する人もいる。しかし、こうした人たちはシカの天敵がすでに存在していることを見逃している。シカの天敵は私たち人間だ。実際、最終氷河期以来、シカの最大の天敵は人間だったことが研究によって示されている。だが、私たちは安全という名の下で、住宅地で銃の使用を制限し、猟を禁じて、たった数十年の間に天敵としての仕事から手を引いてしまった。突然、1万1000年間で初めて、私たちはオジロシが昔から住んでいた場所の中に最大の天敵が手を出せない何十万平方マイルもの聖域を作ってしまったのだ。

 マサチューセッツ州では、舗装道路から150フィート(約46メートル)以内、または占有されている住宅から500フィート以内の場所で所有者の書面による許可がないまま、小火器を発射することは違法とされている。この制限だけで、州の約60%の土地で銃を使った猟ができなくなっている。また、同州の351の自治体の半数近くが弓による狩猟の制限などさらに多くの規制を定めている。多くの州や町も同様の規制を実施している。

 地方政府が射撃手を雇ってシカを殺処分するケースは増え続け、住宅の所有者はビーバーやガン、コヨーテなどを殺すための害獣捕獲機などを屋根裏に置いている。町や企業、土地所有者が抱えるシカ問題についてコンサルティングを行うナチュラル・リソーシズ・コンサルタンツ(ペンシルバニア州フォート・ヒル)の社長を務めるブライオン・シスラー氏はシカを殺処分するのに射撃手を依頼するように勧めることがある。町が地元のハンター(警官や消防士など)をシカを射止められるように訓練して、そのシカ肉を地元の市場で売って費用を回収することもできる、ともシスラー氏は考えている。純粋な野生動物の肉を売ることは現在、米国では違法とされているが、この法律は変わるかもしれない。

 米国魚類野生生物局の調査によると、米国のハンターの数は数十年間減り続けてきたが、2006年から2011年にかけて9%増加した。しかし、最も必要とされる場所でもハンターは活用されていない。安全ではないと思われているからだ。だが、そういった認識も変わりつつあるのかもしれない。一部の町では、シカよりもハンターに対して寛大になりつつある。米国で銃によって殺される人間は年間3万1000人もいるが、ハンターによって殺される人間は約100人で、そのほとんどが互いに撃ちによるものであることが指摘されている。一方で、シカが原因で死亡した人は年間250人以上で、犠牲者は車を運転しているか車に同乗している人だ。入院した人は3万人に上る。一部のコミュニティーでは、ハンターの選抜を行い、弓か矢、射程の短い猟銃のみの使用を認めている。

 マサチューセッツ州ウェストン市の事例は心強い。ウェストン市はボストンの郊外にあり、深刻なシカの被害に悩んでいる。ブランダイス大学の環境学准教授、ブライアン・ドナヒュー氏は市の自然保護委員会の委員を務めている。同委員会はこの秋、制限つきで弓による狩猟を試験的に認めることを決定した。ドナヒュー氏はリベラルな近隣住民の一部が「狩りはいいことだ。自然を管理する上で最良で最も責任のある方法の一つだ」と考えるようになると予想している、と話した。

 「私が夢見ているだけかもしれないが、ハンターは郊外の新たなヒーローだ」

―ジム・スターバ氏の新著「Nature Wars: The Incredible Story of How Wildlife Comebacks Turned Backyards into Battlegrounds(自然との戦い:野生生物の復活でいかにして裏庭は戦場になったのか 驚くべき物語)は11月13日にランダムハウスのクラウン・パブリッシャーズから刊行予定。



引用:野生生物に脅かされる米国



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